2014年3月31日月曜日

抱きしめたい ―真実の物語―


☆☆☆★       塩田明彦      2014年

映画ファンをたびたび見舞う苛酷な状況があるとすれば
それは、「好きな監督がまったく興味の持てない新作を
撮ったときにどうするか」であろう。中には、興味が持て
ないばかりでなく、予告篇を見ても「これは…オラにはと
ても無理だ!」という時だってある。しかしそれでも、我々
映画ファンは映画館に行かなければならないのだ。1800
円を払い、2時間を苦痛とともに過ごす覚悟を決め、映画
館の暗闇にその身を沈めなければならないのだ。それだ
けが我々にできるアルファでありオメガなのだ。

…とナルシシズムたっぷりに書いてはみたが、私の場合、
そういう時は観る・観ないは半々ぐらいだ。やっぱね、興
味ないのに観るのはキツいですよ。

ひるがえって本作は、
①恋愛ものである
②難病ものである
③実話をもとにしている
ということで、私が「できれば観たくない」と思っている三要
素をすべて含んだいわば「危険すぎる映画」である。塩田
明彦が監督していなければ、絶対に観なかった。

あとはもう結果だけ書くが、本作は悪くない仕上がりである。
おそらく塩田監督の「意地」でもってこの映画を、ウェットに
ならぬよう、押し付けがましくならぬよう、お涙頂戴にならぬ
よう、慎重に計算して撮っているし、実話からエピソードの
取捨選択がなされている。題名も実はシャレが利いていて、
観終わったあとに題名の意味を考えるとけっこう可笑しい。

                                              3.22(土) イオンシネマ釧路


2014年3月28日金曜日

共喰い


☆☆☆★★       青山真治      2013年


やっと観れたぜ、青山真治。
映画館で観るとまた違うのかもしれないと前置きしておくが、
実はもっとヒリヒリした感じで来ると予想していた。
灼けつくような「渇き」を原作からは感じていたので、それを
これでもかと映像化してくるに違いない、と。

原作は中上健次を想起せずにはおかない地縁と血縁と暴力を
めぐるどちらかといえば「男の物語」であったが、映画を観た
田中慎弥の感想にもあったように、映画では男たちは遠景に
退き、田中裕子―篠原友希子―木下美咲という「女の物語」が
展開されていた。青山真治の面目躍如といったところだが。
3人とも良かったね。

原作からの飛躍を試みた最後の15分ほどは、あまりうまくいっ
ていないように思った。

                                                                         3.21(金) DVD


2014年3月24日月曜日

まだまだ冬の読書


『春の嵐』
ヘルマン・ヘッセ 著   高橋健二 訳   新潮文庫

ヘッセの小説に通底しているものにいつも胸が締め付けられる。
それを言葉にするのは難しいが、何だろう、誠実さ、やわらかさ、
無力感、あきらめ…。いろんなものがないまぜになったものの様
に思える。『春の嵐』は、とりわけ「切ない」成分の多い小説であっ
て、そんじょそこらの「切なさ」を売りにした小説や映画では到底
歯が立たないほどに切ないのである。

もとの題名は「ゲルトルート」。ヘッセの小説の題名はたいてい主
人公の名前だが、めずらしく主役ではない女のひとの名前である。

主人公は作曲家をこころざす青年で、名前はたしかクーンとかいっ
た。友達は多くないが、オペラ歌手のムオトという情熱あふれる男
と友達になる。ぼちぼち作曲家として名前が通るようになってきた
頃、ある芸術好きの資産家の音楽パーティーに招かれ、みずから
作曲したヴァイオリンソナタを弾いたりするのだが、その家の美しい
娘がゲルトルート。彼女もやはり音楽を愛し、高く澄んだソプラノで
歌うこともある。
まああとは、ヘッセですから、やっぱりか…という展開になるわけで。
あー思い出しても切ない。良い小説です。









『邪悪なものの鎮め方』
内田樹 著    文春文庫

「邪悪なものを鎮める」というテーマは、これまでもウチダ先生の議論
にはよく登場した「おなじみ」の概念である。それで一冊本が作れてし
まうほどとは思っていなかったが。

このひとの家族観・結婚観はいつも明快・爽快でおもしろい。へー、
そんなものかな、という感じ。
「家族に必要なただひとつの条件」を読んでると、なんだか結婚も悪く
ないな、と思えてくるのである。これはひとつの効用であろう。読んだ
ひとみんながみんなそう思うかは分からないが。

画像は、文庫本の画像がなぜかどこにも無かったので、単行本のもの。


2014年3月23日日曜日

阿賀に生きる


☆☆☆★       佐藤真        1992年

阿賀野川の流域に暮らす三組の家族の営みを、三年にわ
たって記録し続けた「ドキュメンタリー映画の金字塔」的作品
である。

阿賀野川流域は、かつて昭和電工が流した水銀による、い
わゆる新潟水俣病の被害に遭った人々が多く暮らしている
地域でもある。

しかしこの辺も訛りがすごい。字幕が無いと何を言っているか
まったく分からないほどだ。

                                                                  3.21(金) DVD


2014年3月22日土曜日

暗殺の森


☆☆☆★★      ベルナルド・ベルトルッチ     1970年

ヨーロッパの香り高い映画だね。
ひとつひとつのカットが美しく、気品と官能性が同居する。

話がなかなか見えて来ないのはもどかしいし、「やっぱイタリア映画
わけわかんね」と投げ出すのは簡単だが、この映画がとても優れた
映画だというのはひしひしと分かるので、なんとか集中力をかき集め
ながら観る。できればヨーロッパの現代史に詳しい解説の女の子な
んかが横にいて、質問しながら観られると良かったけど。
もしかして『1900年』もこういう感じですか。だとしたらキツいなー。
でもこの映画はおもしろかった。

                                                                            3.20(木) DVD


2014年3月21日金曜日

舟を編む


☆☆☆★★        石井裕也       2013年

同僚の家で再見。
初見のときと印象はさほど変わらず。丁寧な演出には好感
が持てる。あおいさんのベランダでの登場シーンの美しさに
は、思わず息を呑む。わかっていても。
ちょっと話がご都合がよすぎるのが難点か。

                                                              3.16(日) DVD


2014年3月9日日曜日

クレイマー、クレイマー


☆☆☆★★★      ロバート・ベントン     1979年


観るのは2回目だが、今回は2回も涙腺がゆるんで…。
傑作すぎる。役者はみんな良いが、ダスティン・ホフマン
側の弁護士のおっちゃんも良いね。人情派って感じ。

                                                              3.4(火) BSプレミアム


2014年3月8日土曜日

戦場のメリークリスマス


☆☆☆          大島渚        1983年

久しぶりに観直してみた。
やっぱり音楽は最高だけど映画じたいはそれほどでもないなー。
たぶんテンポが好きじゃないんだな。

たけしのハラ軍曹からは目が離せない。ハラ軍曹のキャラクター
というよりは役者・たけしの放つ魅力だろう。ヨノイ大尉(坂本龍一)
は、まあ、がんばってるね(笑)。

                                                                   3.2(日) DVD


2014年3月6日木曜日

マダムと女房


☆☆★★★       五所平之助      1931年

山田洋次セレクション。
まだ10本以上残ってるんだよ。いい加減観ないと。

画像はまだ「娘」と呼んで差支えない田中絹代。当時21歳。

                                                      2.28(金) BSプレミアム


2014年3月5日水曜日

ペコロスの母に会いに行く


☆☆☆★★        森﨑東       2013年

全国公開からは3か月遅れか。当時、なんだかえらく評判が
良いと思っていたら、あれよあれよとキネマ旬報のベストワン
になった。
なるほど母親の認知症がどんどん進んでいく話なのだが、全
体にカラッとして明るい。登場人物たちの長崎弁が心地よく響
く。岩松了もうまいが、赤木春恵はほんとにボケてるんじゃない
かと思うほどの怪演。ボーッとしている時の顔なんか、魂が抜け
ているようである。
岩松了も、リリー・フランキーと並んで「なんでこんなにうまいの」
と観るたびに思う「二足のわらじ」俳優である。遺憾ながら本業
の脚本の方は拝見したことが無いが。

映画を観てから、と思って置いておいたETV特集も観る。
森﨑監督自身も、徐々に認知症が進行しつつあるとのこと。
うーむなんとも。

                                                      2.27(木) イオンシネマ釧路


2014年3月4日火曜日

春樹まつり


『フラニーとズーイ』
J.D.サリンジャー 著  村上春樹 訳   新潮文庫

先週突然アナウンスされた新訳発表に、思わず小躍りした
(職場で)ハルキストも多いかと思います。わたくしもそのひ
とり。

一応、再読のはずなんだけど、何も内容を覚えていない。
読んでも読んでも何も思い出さない。もしかしたら読んでな
かったかも。
たしかに説教くさい部分が多くて閉口するわけだが、解説エッ
セイで春樹がそこじゃなくて文体文体、と強調してくれたおか
げで、とても楽しく読むことができた。たしかに巧いわ。会話
の合間の描写が絶品である。灰皿を向こうに押しやったとか、
バスマットをじっと見たとか、そういう動作に必ず「~みたいに」
というたとえがくっついてくるのだが、それがことごとく絶妙で、
おかしくて、感嘆するしかない。









「独立器官」
村上春樹 著   文藝春秋三月号

「女のいない男たち」4作目。
途中までは、気ままなラブ・アフェアを楽しむ独身貴族の美容
外科医の話なのだが、急に「あ、そういう話なの」という感じの
方向へ展開していく。これまでの3篇がとても良い出来だった
こともあって、比べるとちょっと劣るか?


2014年3月2日日曜日

旅先の読書


ほんとは「旅」ではなく仕事だったけど。
まあ、とにかく飛行機で本を読んだのだ。

『ユーミンの罪』
酒井順子 著    講談社現代新書

昨年から熱意をもって聴き始めたユーミン。
何がきっかけだったかはもはや定かでないが、たぶん
「ほぼ日」の「恋歌くちずさみ委員会」で、ユーミンの歌が
あんまり頻出するもんだから、ちょっと試しにアルバムを
借りてみたのが始まり、だったかな…? それまでは特に
熱心なリスナーではなかった。

そこへ本書が現れたので、お、こりゃいいやと思い、いそ
いそと読んでみる。
まず本の構成だが、アルバムごとに区切って時系列で論
じているのが好みである。なかなかいいよ。ユーミンは、
本書で扱われている73年~91年の間、ほぼ毎年アルバム
を出しているので、各アルバムについて論じれば勝手にク
ロニクルになるわけである。

わたしはこの著者『負け犬の遠吠え』を書いたひと、という
それだけの認識しかなかったが、読んでみると文章も意外
とちゃんとしているし(文章に関しては急に偉そうになるとい
うのはこのブログの読者ならもうあきらめてくれてますよね)、
書いている「女子論」も結構おもしろくて、読ませる。
ユーミンが当時の「女子たち」に与えた、時に「致命的」な
までの影響。本書の帯にも

「ユーミンの歌とは 女の業の肯定である」

とあるように、ユーミンの歌はときに救いであり、ときに慰
めであり、軍歌であり、憧れであり、実に多面的な存在で
あったことが著者の実感をこめて解説されている。









『もの食う人びと』
辺見庸 著   角川文庫

海外に行く飛行機では、よく旅行記を読む。
できたら、これから行く地域の含まれている旅行記がいい。

本書は「食い物」を通しテーマにしたというアイディアがやはり
卓抜である。壮行会で寿司やら焼肉やらを詰め込んで旅立ち、
最初に食ったのがバングラデシュはダッカの裏通りで売られて
いた"残飯"だったというので、まずは読者に戦慄が走る。すさ
まじいギャップである。その後も、フィリピン、ポーランドの炭鉱、
ベトナム、ソマリア、チェルノブイリなどなど、こう言っちゃなんだ
があんまり旨そうなものが無さそうな地域に出かけていっては
ものを食う。
ジャーナリストの文章って基本的に信用していないんだけど
(また偉そうですいません)、辺見庸の文章はすぐ好きになった。
味の描写力はさすがに達者で、私は食ってもいないのになんだ
かいろんな所の「味」が印象に残っている。