2014年1月29日水曜日

年始の読書②


『大江健三郎 作家自身を語る』
聞き手・構成 尾崎真理子  新潮文庫

大江さんの仕事をまるごと振り返るという、無謀ともいえる超ロン
グ・インタビューの文庫化である。文庫化に際して『美しいアナベ
ル・リイ』以降の本について語った最終章が追加されている。

東大新聞に「奇妙な仕事」が載ったのが1957年というから、およそ
六十年(!)にも及ぶ作家生活を送ってきた大江さん。私自身は、
大学生のときに『死者の奢り・飼育』を読んで以来、つまみ食いの
ようにして各年代の大江小説を読んできて、今はおそらく全体の
半分か、60%は読んだかな、というぐらいだ。

大江さんほど文体の変化していく作家もめずらしい。大江さんの
生活の中心には、外国文学の原書と翻訳を読みくらべるという営
為があり、その両者がもたらす「ズレ」の中から言葉や物語を見つ
け出していくのらしい。だからってどうしてあんな変な文章になるん
だろうとも思うが。少なくとも、これから読もうというひとには『同時
代ゲーム』とか『万延元年のフットボール』は絶対に薦めない。
では最初に読むなら何、と訊かれると困るが、『洪水はわが魂に
及び』とか『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』のほうが、文
章は段違いに読みやすいはずだ。でもいずれにせよ「変わった
小説」であることは間違いない。というか、変わった小説じゃない
大江さんの小説は無い。

登場人物の名前への思い入れや、光さんのセリフは一切改変し
たことはないとか、アンチ・クライマックスな小説の締めくくり方へ
の執着だとか、ちょっと意外な話も聞けてたいへんおもしろいイン
タビューであった。









『河馬に嚙まれる』
大江健三郎 著    講談社文庫

で、すっかり「大江モード」になったので続けてこの本を。本棚で
3年以上寝かせてあった。
ウガンダで河馬に嚙まれた日本人青年が、昔あさま山荘事件に
関係しており、主人公である「大江さんを思わせる作家」と文通し
たことがある青年ではないか、と主人公が思うところから小説は
始まるのであるが、既にじゅうぶんヘンですね。いつにも増して
ヘンな小説であった。しかしおもしろかった。



2014年1月26日日曜日

歩いても 歩いても


☆☆☆★★       是枝裕和      2008年

いま観ると「ゴーイング・マイ・ホーム」というドラマはこの映画
の延長線上にあったのだな。

話の運び方も、キャラクターも、セリフも、役者も(子役をふく
めて)、みんな巧い。とんでもなく巧いのだが、なんだか素直
に感嘆できないのはなぜなのだろう。『そして父になる』でも
似たような印象を持ったのだったが。 是枝さんが嫌いなわけ
では決してない。

「自然なセリフ」を心がけているのだろう。接続詞だとか、代名
詞(「あれ」「それ」など)の使い方に気を遣わないと、セリフは
すぐに不自然になる。是枝さんはそのへんもかなり巧い。しか
し、その自然なセリフや展開にこちらが慣れてくると、今度は
映画の中の微妙な「作為」が、違和感を呼び起こすことになる
のかもしれない。あるいは。なんとなくだが。

                                                    1.21(火) BSプレミアム


2014年1月22日水曜日

新幹線大爆破


☆☆☆★★★        佐藤純彌       1975年


めちゃくちゃおもしろかった。
今年、これを超える映画に出会えるかどうかが、早くも心配
である(早すぎる)。でもそのぐらい心を持って行かれた。

あの間延びした駄作『野性の証明』と同じ監督とは思えない
ほどの素晴らしい演出とシナリオ。マジでハラハラさせられ
てしまった。

で、ほんとは☆☆☆☆をつけようと思ったのだが、観終わっ
て調べてみると、民放で観た私が悪いのだが、実際は150
分の本編が30分以上カットされた版であった。…まあ、こう
いうサスペンスはカットした方がかえって緊迫感が持続する、
なんてことももしかしたらあるかもしれないが、監督主義者
としてはやはり許容できないことである。民放で映画を観る
のはやめよう。どうしても観るなら、放送時間と実際の映画
の時間を調べてから観るようにしたほうがいいですよ、みな
さんも!

                                                              1.12(日) BS-TBS



2014年1月15日水曜日

年始の読書


『何が映画を走らせるのか?』
山田宏一 著    草思社

何を読んでも面白いという意味で、高島俊男さんと双璧をなす
と最近思っている山田宏一。
中でも「映画批評なにするものぞ?」と題されたエッセイは痛烈
である。のんきに映画評論のブログなんか書いて、私的年間
ベストテンなんぞ発表して悦に入ってる輩には、ぜひ一読をオ
ススメしたい。俺のことだけど。









「木野」
村上春樹 著    文藝春秋2月号

「女のいない男たち」の3作目。また立ち読みです。

青山、根津美術館の裏にひっそりとあるバー。古いジャズ、
寡黙なマスター、灰色の毛の猫。村上春樹のもっとも得意
とする世界だね。そしてたいていの春樹ファンはこの世界が
好きだと思う。もちろん私も例外ではない。
雨の夜、客が扉を開けて入って来ると雨の匂いも店の中に
入って来る、という描写がとても好きだ。『国境の南、太陽の
西』にもそんな描写があったし、他にもあった気がする。きっ
と春樹もこの表現が好きなんだろうと勝手に思う。

今回はそういう(ジャズ、猫、妻の浮気)「いかにも」な感じで
始まり、徐々に空間がねじれていくような、非常に不気味な
話である。読みながらなんとなく『マルホランド・ドライブ』を
思い出した。全然話は違うんだけど。


2014年1月13日月曜日

フィギュアなあなた


☆☆☆★       石井隆       2013年

去年劇場で観られなかったので、さっそくDVDを借りて来た。
うーむ、評判通り、なかなかすごいね(笑)。夢に出そうだ。
なにより佐々木心音、えらい!
親が観たら卒倒するであろう映画によくぞ出た!

                                                              1.11(土) DVD


2014年1月11日土曜日

男はつらいよ 寅次郎夢枕


☆☆☆           山田洋次       1972年

今年の映画始めは、寅さん。
マドンナは八千草薫で、寅とは幼馴染という設定である。
勘違いなど要因はいろいろあるものの、結果的にマドン
ナに「プロポーズを承諾される」という非常に珍しい回。
まあ当然、シャイな寅さんは冗談にまぎらせてしまうの
だが。
四角四面な東大助教授の役で米倉斉加年が出ている。

                                                1.2(木) BS JAPAN


2014年1月4日土曜日

ベストテン2013 <旧作>


1. にごりえ  今井正 1953年
「真っ当すぎる」といって高畑勲の新作に辛い点を付けた
ばかりで恐縮なのだが、今年の一位はこの真っ当そのも
のの映画に進呈することとする。というか、おそらく公開当
時は真っ当な「よくできた映画」だったのだろうが、60年後
の今観ると、その質の高い真っ当さにとても惹きつけられる。
観ているとなぜか「燃えてくる」映画。

2. 博士の異常な愛情  S.キューブリック 1964年
笑いの映画が好きです、やっぱり。こんなに真っ黒な笑い
じゃなくてもいいんだけど。「泣かせる」よりも「笑わせる」方
が何倍も難しいとは三谷幸喜もたびたびラジオ番組で言っ
ていることで、それは本当だと思う。

3. 風と共に去りぬ  V.フレミング 1939年
今ごろ観ました。不覚にも感動しました。スカーレット・オハラ。
あんなに好きになれないヒロインをこんな超大作映画の主役
にするってやっぱすごいよ。

4. 17歳の肖像  L.シェルフィグ 2010年
あまり中身のある映画とは思わないが、何はさておき、キャリ
ー・マリガンがまあ可愛い。
俺も中年になったらこの映画みたいな事してみたいね。絶対
できないけど。

5. 駅 STATION  降旗康男 1981年
倉本聰の脚本は、留萌、銭函、北国に生きるひとたちに寄り
添うようで、しみじみ良かった。ラストもうひとひねりあればなぁ、
と思ったのを覚えている。最初に健さんが倍賞千恵子の店に
入ったときの長回しにシビれる。

6. トイレット  荻上直子 2010年
巧いよね。映画にしかできない表現って、こういうものだと思う。
カウリスマキに似ているかもしれないけど、そんなんどうでもい
いんじゃー。この調子でつきつめていって欲しい。

7. ポンヌフの恋人  L.カラックス 1992年
2013年の俺のヒロインはジュリエット・ビノシュ。カラックスの
初期作品をTSUTAYAのおかげで観ることができ、特に本作
には魅了された。メイキング映像によると「呪われた映画」と
も呼ばれたらしいが、まあ、良い映画に注ぎ込まれた金は無
駄ではない!

8. バグダッド・カフェ  P.アドロン 1994年
おばはんがハイウェイ沿いのシケたレストランを繁盛させる
話。だったよね? ブーメランとあの歌ばかりが印象的で、
ストーリーを忘れかけている。

9. ボルベール <帰郷>  P.アルモドバル 2007年
色彩が違うよね、日本映画とは。そして展開も独特というか、
どこに連れて行かれるのかわからないスリルがあって面白い。
いっそうアルモドバルのファンになった。

10. 男はつらいよ 望郷篇  山田洋次 1970年
中身の濃い寅さん。「顔で笑って心で泣いて」というやつで、
長山藍子にフラれる寅さんにはついグッときてしまう。
SLがたくさん登場する回でもある。

次点 死刑弁護人  齊藤潤一 2012年
ドキュメンタリーからはこの作品。「大衆の憎悪」を一身に浴び
るというのはどういう気分なんだろう。想像もつかないが、いち
いち相手にしてたらやってられない、というのは一面としてきっ
とあるだろう。


<講評>
名画座に行かなくなったので、ほとんどがBSプレミアムで観た
ものである。1位と6位が、――いつの話をしてるんだと言われ
そうだけど――山田洋次セレクション。10位はその山田洋次の
監督作。新作ベストテンの3位も山田洋次(「東京家族」)。どん
だけ好きやねーん。

気のせいかもしれないが、去年の秋ぐらいからBSプレミアムの
映画で「これは観たい」と思うものが激減してしまったような。あ
るいは選者が変わったのだろうか。そうすると今の選者とは気
が合わないな。

HDDはいつも満杯に近いので、録画する映画が減ると助かるの
だが、それもなんだか淋しい。

また誰かセレクションをやってくれないか。誰がいいかな――
内田樹だったら観るな。小林信彦、山田宏一、四方田犬彦、
宮崎駿、坂本龍一、ビートたけし、岩井俊二、誰かやってくれ。

2014年1月2日木曜日

ベストテン2013 <新作>


1. 風立ちぬ   宮崎駿
ファンタジーを封印した宮崎駿は、羽をもがれた鳥の
ように失速せざるを得ないのかと危惧したが、蓋を開
けてみれば若々しい傑作。途中ダレる部分もあったも
のの、やはり圧倒的だった。

2. ジャンゴ 繋がれざるもの  Q.タランティーノ
最も新作を楽しみにしている監督のひとり、タランティーノ。
期待を裏切らない快作だった。ディカプリオの迫力が忘れ
られない。

3. 東京家族   山田洋次
ウェットだけどやっぱり好きなんだー! 若者2人(妻
夫木くんと蒼井優)が好印象。爽やかで良い。もっとも、
好印象を抱かざるを得ないストーリーなんだけどね。

4. リンカーン  S.スピルバーグ
アメリカ映画の「強さ」を象徴するような1本だった。
映像、音響、俳優もそうだが、やはりシナリオ。重厚で、
すでに"名画の風格"が漂っていた。

5. ムーンライズ・キングダム  W.アンダーソン
日本では生まれ得ないタイプの映画。構図、セリフ、ディテ
イル、すべてが見事にシュールで可愛らしい。

6. 世界にひとつのプレイブック  D.ラッセル
キャラクターの魅力で引っ張ってゆくラブストーリーで、
飽きなかった。ジェニファー・ローレンス。「ハンガー・
ゲーム」よりコッチですよ(観てないけど)。

7. 地獄でなぜ悪い  園子温
二階堂ふみになら殺されてもいいかも。
そんな気分にさせられるバカムービーの傑作!

8. ホーリー・モーターズ  L.カラックス
映画は「体験」するものですね。こういう映画を体験
すると、つくづくそう思う。説明不能。とにかく観てください。

9. 横道世之介   沖田修一
小説はいまひとつに感じたが、映画は良作だと思った。
何かと使いどころの難しそうな吉高由里子だが、こうい
う役が意外に合ってるのでは。朝ドラでもぜひ。

10. 許されざる者   李相日
「映画観たわー」という充足感が今年随一だった。役者陣
も好演していて、風格という意味では邦画でいちばんか。

次点  TED  S.マクファーレン
しゃべるクマのぬいぐるみ。放送禁止用語を連発し、
家にデリヘルを呼ぶ。バカムービーの佳作!


<講評>
結局、☆☆☆☆(80点)以上の作品は今年はなく、その意味では
豊作の年ではなかったのだろう。宮崎駿に山田洋次にタランティ
ーノ、もとから愛好してやまないベテラン勢が期待通りの良作を
届けてくれた、という感じか。
「舟を編む」「もらとりあむタマ子」「ゼロ・ダーク・サーティ」も良かっ
たけどね。まあ、いずれも名の通った監督たちだから、また次回。
「共喰い」を観れたら、どの程度まで食い込んできたか、それだけ
は気がかりである。

■ 観た新作映画
東京家族、きいろいゾウ、脳男、TED、フライト、横道世之介、ジャンゴ 繋がれざるもの、舟を編む、リンカーン、中学生円山、ホーリー・モーターズ、リアル~完全なる首長竜の日~、ゼロ・ダーク・サーティ、華麗なるギャツビー、世界にひとつのプレイブック、スプリング・ブレイカーズ、ムーンライズ・キングダム、風立ちぬ、風立ちぬ(おかわり)、フラッシュバック・メモリーズ(2D)、許されざる者、そして父になる、さよなら渓谷、地獄でなぜ悪い、中島みゆき 『夜会VOL.17 2/2』 劇場版、悪の法則、夏の終り、かぐや姫の物語、キャリー、夢と狂気の王国、もらとりあむタマ子(31本)

2014年1月1日水曜日

あまちゃん ―脚本家と視聴者の「幸福な信頼関係」


賀正。

本年もどうぞよろしくお願いします。このブログもなんとか続い
ています。

さて、ベストテン発表の前に――

2013年の最も優れた映像作品は「あまちゃん」で間違いない、
というのは前提としてまず言っておかねばなるまい。あのドラマ
が「日本の朝を明るくした」というような表現を、私はちっとも大
げさとは思わない。竜巻のように日本中を巻き込みながら半年
間を駆け抜けていった――という印象である。

クドカンという才能と、朝ドラという形式の幸福な出会い。それ
は「小劇場の笑い」と、二人の少女のビルドゥングスロマンとが
渾然と溶け合い、三代にわたる岩手の「女の物語」を縦糸とし
て、「アイドル」「観光」「芸能界」など、さまざまな要素を横糸とし
て張りめぐらせた、極めて複雑なドラマでもあった。

朝ドラは言うまでもなく、その日の15分を観た後、また1日「その
先」を気にする時間があるわけで、展開上無理のあるところを
「勢いでごまかす」ということができない。のみならず、これだけ
長いドラマだと、たとえ小さなごまかしであっても、それが澱の
ように溜まり、ドラマ全体を蝕んでいくという事もあるだろう。
ユイが居ない状況で東京篇はどうなるんだろう。国民投票でクビ
になったアキはどうなるんだろう。太巻の事務所をやめてアキと
春子はどうするんだろう。種市先輩との恋愛はどうなるんだろう。
あの震災をどう描くんだろう。岩手に戻ったアキは何をするんだ
ろう。帰って来たアキにユイはどう接するんだろう…。

信じ難いことだが、クドカンはすべてに対して逃げずにきっちりと
答えを返した。もしくは伏線を張ってちゃんと種明かしをした。そ
れはどれも実に見事なものだった。自然と、「クドカンならちゃん
とやってくれる」という、いわば"幸福な信頼関係"のようなものが、
日を追うごとに脚本家と視聴者との間に形成されていったのだ。
そんな光景を目の当たりにしたのは私は初めてだったし、156話
にもわたる朝ドラという形式だからこそ、それは可能なことだった
のだと今にして思う。それは実に不思議な感覚だったのだ。

ということで、これから去年の映画のベストテンを発表したいわけ
だが、あまりに圧倒的だった「あまちゃん」の前には、すべての映
像作品は遠くかすんでしまいましたよ、ということを最初に言って
おきたかったのである。